偶像を拝む21世紀の私たち

  • 2022年1月23日
  • 2022年1月23日
  • 人生
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今やあの秋元康氏のアイドルグループが社会的支持を得たことから分かるとおり、完全に私たち人類は本当に崇拝すべき対象を目を全く向けず、人間や物を崇拝対象になっています。

なぜ、そのようなことになってしまったのかというと、言うまでもなくその方が都合が良い者たちがいるからです。

私たちが本当に一生を懸けてでも掴むべき真実や真理といった価値あるものに目覚めさせないように誘導されていることを多くの人々が気づいていません。

なぜ、これほどまでに人間を破滅に追いやるような娯楽で溢れているのでしょうか。

ギャンブルやゲームやテレビがどれだけ人間にとって有害かをすでに多くの人々に知られています。酒やたばこももちろんのこと、それらで人生を破滅させ、悲惨な結果を招いてしまっている人が後を絶ちません。

にもかかわらず、それらは今も無くなるどころか、世の中に蔓延しています。

誰もが気づかずに、悪に囲まれながら生きているのです。

なぜ、いつまでも経っても悪いものがなくならないかというと、私たちがそれによって、堕落することを喜ぶような悪なる存在がいるからです。

私たちを苦しめ、それを食い物にしている者たちがいるのです。

そして、今や多くの人々が彼らの餌食になってしまっています。

例えそれが悪だと気づいても、いざそれらから逃れようとしてもまた別の悪に自分が侵食されていきます。

そんな世界に私たちは生きているのです。

今も真理を知らずに、自分の命を殺す生き方をしていることに気づかないと本当に取り返しのつかないことになるのです。

今や百歳まで生きられる時代ですが、それでも人間の一生は長いようで短いです。

その短い中で如何に私たちは正しい道に行けるかが鍵になってくるのです。

今まで人類はなぜ自分が生まれてきたのかを知らず、見出すことができず滅んでしまいました。

つまりほとんどの人がその鍵を見つけ出すことができずに生を終えてしまったのです。

そして、真の幸せを得られることができなかったその人々がどこに行くのかというと、同じような死後の世界に行くようになるように天も地も作られています。

つまり、肉体を持ってこの地上でどのように生きるかであの世での生が決まるようにできているのです。

これは、なぜと言われても私は人間なのでお答えすることはできません。

それは、神ご自身しか知りません。

罪を償わなければその罪は一生許されません。

そして、私たちは罪人としてこの世に生まれてきました。

なので、この地で生きている間に贖なわければいけないのです。

この世のものに目を向けている場合ではないのです。

自分の事さえ救おうとしていない人たちばかりで、それが普通のように見えてしまいますが、人生の本質はそこには全くありません。

この世の核となる部分は、目に見えないところにあります。

それは、人間についても同じです。

では、人間の核なる部分とは何でしょうか?

それは、霊魂の救いです。

いくら、富や名誉に満たされても、自分の霊が満たされていなれけば救われたとは言えないのです。

霊の救いは愛から来ます。

そして、愛は今のこの世にはありません。

つまり、人類は今も愛とは関係のないものにしか目を向けていないのです。

愛と突然言われても、困惑すると思いますが、少なくともこれだけは言えます。

世にあるものに執着するのはやめ、直ちに神について真剣に考えるべきです。

儚く、虚しいこの世のものから捨て、真に価値のある永遠のものをこれから追い求めていかなければ、今までの人類のように、現代に生きる私たちも破滅の道を進むことになります。

聖書にもこのように記されています。

『誰も、二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を疎んじるか、どちらかである。あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。〈マタイによる福音書/ 06章 – 24節〉』

救いを手にして本当の愛を手に入れるか、それとも、悪や罪と共に滅び、永遠に苦痛の中で生き続けるか。

あなたはどちらを選びますか。

時は迫っています。

全ての人々が険しくも、真理と愛の道に歩めますことを心から祈っています。

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